もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。

レフコシアに行く

レフコシアに行く



9時のバスでレフコシアへ行く。
夜中に何度か目が覚めたせいか頭が重い。バスに乗ったら急にぼうっとしてきて、車窓を見ずにほとんど眠ってしまった。

街の中央の通りは飲食の店が多いが、昼前なので人出は少ない。そこで脇道に入ってみる。頭が重いので、あまり考えずにゆっくりと適当に歩いた。
壁が砂色の石積か白い塗壁に、建具が灰色がかった空色や薄緑。大体がそんな感じで統一されている。淡い感じの色調は珍しい。ぼうっとした頭には刺激が少なく心地よい。

細い道をうろつき、教会や民俗博物館等をめぐり、気がつけば腹が減っていた。昼をまわっているので、街の中心に戻るとそれなりに人出があったので、何だかほっとした。キプロス経済もギリシャ崩壊の道連れになったと聞いていたが、ここレフコシアもラルナカも、実態はともかく表面上は目立った形跡はあまり感じられない。

昼食時に、必殺のバファリン。飲み過ぎると効かなくなるとかよく言われるが、僕にとっては小さい頃からオールマイティーアスピリン。突然の頭痛、発熱に、旅先でも世話になる。結構どこでも売っている。以前カイロで買い足したことがある。


長めに休んだ後、北キプロスに向かうべく北上しボーダーを目指す。といっても北側はトルコしか認めていない国で、南側からは単に「オキュパイドエリア」と呼ばれている場所だ。ニュートラルゾーンともいうべき道を暫く進み、一応入国審査で外国人は名前とパスポート番号と国籍名を記入する小さな紙をもらいスタンプを押してもらう。晴れて「北キプロス・トルコ共和国」に入国(?)すると、そこには曲がりくねった狭い道の両側に小さな店やカフェが連なり、上方にはミナレットが見え隠れする、懐かしのトルコっぽい雰囲気が漂っていた。SOKAKとかTL表記とか、気分はもうトルコ。。
観光客を呼べるわけでもなく、皆何をして生活しているのかよくわからないのでウィキを見ると、この国で近年発展している産業は大学産業!だという。そんな産業があるなんて初めて知った。でも若者の姿は見なかったけど。

モスクや、かつての商隊宿を転用した施設など、こちらもしばらく当所なく歩く。元々一つの町で、目立った違いがあるわけでもない。ただ、やはりどこかひなびた感じが強まっているのは確かだ。特に静かな住宅地の中に入っていくと感じる。74年の占領以前はそんな違いは無く、トルコっぽいエリアとギリシャっぽいエリアが混在していたのだろう。
ボーダーに近い商店ではユーロ表示もあり、実際使えた。

どちら側も、特に緊張感があるわけでもなく共存しているのが、不思議といえば不思議な感じだ。

出国時には、入国時にもらった紙片に、折りたたんだまま確認もされずに出国スタンプが押された。


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