もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。

スリナガル

スリナガル

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スリナガルには他の同規模のインドの街とは確かに違う落ち着いた印象を持った。公園が多いのだ。川沿いや水辺に幾つかあり、街の真ん中で芝生に寝転がれるものさえある。それだけでもう気に入ってしまった。インドの旅行で僕にとって最大の問題は、街歩きで疲れた時にちょっと休憩できる広場や公園が見つからないことだ。ニューデリー等の大都市はともかく、普通の町ではたいてい足を休めることに困ることが多かった。入ることができればイスラムのモスクが静かでよいのだけれども、どこにでもあるわけではない。

ただ、だからといって交通渋滞や喚きっぱなしのクラクションがなくなるわけではない。オートリキシャーは気を付けていないと相変わらず人の歩いているところに無理やり突っ込んでくるし、歩行者は歩行者で周囲のことなど眼中に無い。ここはインドに違いは無いのだ。ところが食堂に入ると彼らは左手も使ってロティを裂いている。野良牛も少ない。やっぱりヒンドゥーのインドとは違うというのが実感だ。

 

 

日中は陽差しがキツイが朝晩はぐっと冷え込む高地とは異なり、夜でもマイルドな気候は嬉しいと一緒に来たフェリックスと話す。

宿泊は John Friends GH (ジョンの家)に。宿代の割には快適なゲストハウスです。でも最初、到着時は既に夜で暗かったので看板の矢印を見間違えて反対の方向へ進み別のホテルに行き当たってしまった。ここがそうだと勘違いをして一応部屋を決めてしまったがフェリックスも何かおかしいとお互い思っていたようだ。チェックインして書類に記入する時点でようやく気付いた。ここは違うと。あわてて訳言って荷物をまとめて飛び出した。なんたる失態。

 

正真正銘のこの宿は宿主ジョナ(通称ジョン)の家族が経営するゲストハウスで、頼めば食事を出してもらえるなど融通がきく。最初の晩はフェリックスがぜひともと頼んで一緒に食べさせてもらった。時間が彼等の遅い夕食にちょうど合ったのだ。ジョナが家にいる時はいつもお茶にさそってくれた。カシミールティーはカファ茶といいグリーンティーの一種なのだがやっぱり砂糖を入れるんだなこれが。普通のミルクティーよりは気に入った。9年前にこの宿を始めて暫くは日本人もよく来たよ、など昔のことを教えてくれた。その頃に日本語で書かれた表示も残っていたりする。でもこの4-5年は来なくなったらしい。カシミールの情勢は以前と比べて安定はしているものの、ここに泊まるような日本人バックパッカーの数自体が減ったということなのだろう。なお彼は他にもう一軒ゲストハウスを持っており、また店こそ開いてないもののカシミアやパシュミナのショール等を扱う商人でもあり、意外とやり手みたいだ。ま、カシミールの人ですから。

 

 

スリナガルの観光といえばモスクが点在する旧市街の散策、ムガール庭園などだがやっぱりシカラに乗ってダル湖に出てみたい。僕が選んだのはブールバード沿いの乗場ではなく裏手の方の乗場だった。そのせいか多少ディスカウントが効く。1時間コースだとたくさん並んでいるハウスボートを見ながらネルーパークまで行きその後フローティングガーデンの中を回って帰ってくる。考えてみれば手漕ぎのボートなのだからそんなに遠くに行けるはずはない。湖の真ん中あたりまで行きたければ多少値がはるが2時間コースにしなければならない。でもちょうど日没時を選んだので良い雰囲気だった。日没後のフローティングガーデンはとても静かで少しひんやりと感じた。時々地元の人の漕ぐボートともすれ違う。出発地点に戻ってきた頃はちょうど夕刻のお祈りの時間でアザーンが幾つものモスクから次々に流れ始めた。近くのもの遠くのものがまるでこだまの様に響き渡り、少しだけ幻想的な気分になった。懐かしいような何ともいえない小さな感情を心の片隅に感じた。久しぶりにイスラム圏にやってきたということだ。