ギルギット
一夜明けて町の通りに出てみると正面にも背後にも高い山々がそびえていた。何か少し意外な感じを覚えた。前日ずっと渓谷を眺めながらバスに揺られてきたのだから、山に囲まれていることは分かっているはずだ。昨晩到着して山影を確かめる隙も無く停電による暗い夜道を宿に直行したせいだろう。多分その時の印象が強く残っているのだ。
ギルギットは賑やかな交易の町だ。目抜き通りの両側には大小様々な商店が立ち並び、それぞれの場所は○○バザールという名前で呼ばれている。また通りから引き込むような形で奥まった場所にも多くの店が並んでいる。シャッター降ろしっ放しの店もよくみれば結構存在するものの、それほど大きくない町によくもこれだけの人や物が集まるものだと感心をする。おかげで、長い時間を掛けて山道を上ってきた割には、また山々に囲まれている割には、静かで清々しい印象は持てない。やはりここでもオートバイの数の多さにはちょっとした失望感を覚えた。さすがに絶対数は多くないが何か予想外だ。オートリキシャーが走っていないのがせめてもの救いかと思うほどだ。町自体には特に見所はないが、多くの人で活々と賑わうバザールの雰囲気を楽しみ、歩き疲れたら川縁に出て水色に流れるギルギット川と切り立つ乾いた岩肌の対比を眺めるといった時間の過ごし方をした。水辺の光景は以前訪れたパミールのホーローグに少し似ていると思った。僕は人や物であふれたごちゃごちゃした所は好きなので、それなりに楽しめたが、山あいでのんびりしたい人は一日くらいでさっと移動してもいいと思う。
やはりこの町でも停電はあり、それもちょうど良い時間帯に結構長かったりする。滞在中夜はきまって7時頃から始まったので、それを合図に夕食に出かけたようなものだった。いつも行くレストランは非常用電源を持っているので、停電中も夜は照明が付いていた。ただ食事をした後暗い町中を少し散歩した位では停電は終わらない。宿に帰っても蝋燭の光では本も読めないし(せっかく日本語の本が多数あるのに)、部屋にいても何かをする気になれないので、結局中庭に出てマグライトで周囲を照らしながらプラスチック製の椅子に座ってiPadminiで音楽を聴いたり煙草を吸ったりしかすることがなかった。でもそんな乏しい光のなかで過ごす時間というもの、最初は面倒に感じたが直ぐにそれも慣れてしまったようだ。僕の日常生活のなかでは、自分の周囲数メートル以外は全部闇とか、暗い部屋で蝋燭の炎をじっと見つめるとか、そんな経験は滅多にない種類のものだ。それもこれも旅先の特別な時間で、たまには悪くないと思うようになればしめたものだ。
まあ何でもすべて受け入れて楽しむことができなければ、長旅なんか続けられないというのも事実ではある。