もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。

カリマバード

 

フンザ1

 

 

 

前回パキスタンを訪問した時はこちらの北部には来なかった。というのもニューデリーでとったウズベキスタンビザの入国日が決まっており、日にちに余裕が無かったためだ。当時はウズベキスタンビザ申請に際にインビテーションレターが不要になったばかりの頃で、はっきりとした情報がまだ無かったため、本に載っていたブハラのエージェンシーに電子メール(当時はそう呼んでいた)を送りレターをFAXしてくれるよう頼んだ。代金の支払はブハラを訪れた時でよいが、何か当社のサービスを利用して欲しいとのことだったのでタシケントの宿を頼んだ。なんとものんびりとした時代だった。家にFAX機が無かったので親父の会社にFAXするように頼んだら、ロシアンアルファベットの書類が突然届きちょっとした騒ぎになったらしい・笑。結局レターは必要ではなかったが、有ったおかげで翌日受取だった。無ければ4-5日掛かったと記憶している。どちらも無料で。

 

閑話休題

インドのアウランガーバードで会った後、ラワールピンディのポピュラーインという当時のバックパッカー宿で再会した金子君が、フンザいいところだった~、と葉書を送ってくれたのはかれこれもう十数年前になる。その葉書はその宿にたむろしていた地元の少年達や長居している旅行者が写っている写真で、今でも見る度に当時の思い出が次々にフラッシュバックしてくる。フンザがいいところだということはわかっている。今まで何度も旅をしながら、ここに行っていないということが常に心の片隅にずっと引っ掛かっていた。いつかは訪れなければならない。そうしなければ自分の旅人生も終わらせることができない・笑。でもなかなか機会が無い。後に後にと延ばしているのは自分でもわかっていたが、もうさすがにこれ以上は後送りすることはできない。

 

 

 

 * * *

 

ということでやってきたフンザ、カリマバード。

 

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頂には到着日の前の晩に降った今年の初雪

 

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毎朝まず、部屋を出て正面に見えるこの光景の写真を撮ることが日課になっていた。

 

 

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ちょうど林檎の収穫の季節で、多くの場所で地面に集められた林檎を見かけた。

そして、会う人会う人皆林檎をくれるのだ。日本のほど甘酸っぱくはないが、幾分小振りで十分美味しい林檎だ。

 

 

 

今日は良い眺めがあるドゥイカル村へ行く。

 

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f:id:pelmeni:20151113180253j:plain途中会った女の子たち。「ピクニック」ということです。飴を貰った。

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カリマバードから登り道をゆっくり歩いて2時間弱くらいでドゥイカルに着く。そこのビューポイントから見渡す風景はフンザの谷を見下ろす大パノラマとなる予定だったのだが… 出発時は雲の間に青空があったので天気は大丈夫と判断したが、村近くで雨が降リ始め、気が付けば山々の頂に上からすっぽりと雲を被せたような光景になっていた… まあこれはこれで不思議な光景だなと思うのだけど、写真として鮮やかさに掛けるのがイマイチな点で…

 

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それよりも、この辺りをうろついていた頃に、かなり大きな地震が起きた模様。自分は全く気が付かなかったので足場の悪いビューポイントでウロウロしていた頃ではないかと思う。帰り道で多くの人が下の方を眺めているので尋ねたところ、今起きた地震で土砂崩れが起きているとこのと。指差された方を見ると、確かに煙を上げて土砂が崩れ落ちて行く様がはっきりと見えた。これは大変なことが起きているのではないかと思い訊いてみると、時々起こるんだよといった風な受け答えで、大事とはとらえていない様なので少しほっとした。たしかに土砂崩れの起きている川沿いの地質は砂礫層でただでさえ崩れやすい場所だ。(追記註;ネットニュースで、広範囲で被害が起きたこと、アフガニスタン北部が震源地であったことを後に知る。フンザの谷近辺でも3-4箇所で崖崩れが起こり1人が亡くなったらしい。)

この時すぐに、カラコルムハイウェイが通行止めになり身動きが取れなくなってしまうのではないかという疑念が頭に浮かんだ。でもまあそうなったらそうなったで構わない。しがない旅人にとってはその時吹いた風に身を任せるしか成す術は無いのだから。ただギルギットからラワールピンディまでのあの道を再び戻りたくはないというのは正直な気持ちだ。

※少なくともフンザ以北で大きな問題は無かったです。

 

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