もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。

中国に入国

(承前)

 

 

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変なゲートがあった

 

峠近くに中国のカスタムはあるがイミグレはずっと先のタシュクルガンの町少し手前にある。変則的だ。パキスタンタジキスタンへの出入国管理を1箇所でまとめたいという意図なのだろう。カスタムでは荷物の中身まで調べられたが、それでも他のパキスタン人と比べれば形式的で時間も短かいものだった。でも中国側のカスタムは受付前も終了後も待たせ過ぎだ。それぞれ30分以上も、車の中で待機とはいえ、要領が悪過ぎる。

 

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こんなところにも野良犬がいる。

 

 

 

中国側のカスタムを過ぎると道路は細かいカーブが続き少し高度を下げた後は緩やかになる。その後は少し開けた地形になり険しい山は迫って来ない。運転しやすい道なので車は淡々と進んでゆく。幾つかの村や町を通過するがイミグレはまだまだ先にあるのだ。

 

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初めは積雪があったものの終いには無くなった。でも、寒い。

 

タシュクルガンの町の手前にあるイミグレで再び30分位待たされる。ここでも何故か細かな荷物検査が行われる。今回はノートパソコンの写真まで調べられた。中国にまだ入国していないのだから中国に関する写真なんてあるわけ無いのに。ウイグルチベットも訊かれたがまだ何も無いよ。しつこくはなかったけど。

 

そんなこんなで入国はしたものの、気が付けば外は真っ暗だった。町の方へ歩いて行くが、意外とここがどこだかわからない。さすがに停電は無いようで明かりが多い方へと向かう。まだ町外れの道を歩いていると英語で話しかけてくる小柄な女性がいた。彼女はスーリーという名前のマレーシア人旅行者で、

  -----ユースに行くのなら私泊まっているので道を教えてあげるわよ、一緒に行く?

と言ってくれたのでありがたく連れていってもらった。

  -----マレーシア人ですか。もしかして先日パスーインに泊まっていた人ですか? 

そう、実は2日程滞在が重なったのだが奇妙にも一度も会うことが無かった隣人がパスーにいたのだ。マレーシア人ということだけ宿の親父から聞いていた。それがスーリー、よく喋り笑う人だ。

でもここで会えたのはとても運が良かった。というのも最初目指していたバスターミナル横の交通賓館は閉鎖、YHAのK2ユースホステルは来年3月迄冬季休業中であることを翌日知ることになるからだ。彼女が案内してくれた北緯37°青年旅舎の存在など知らなかった。もし会えなかったらどうしていただろうか。(まあ宿は幾つも有るし、実際パキスタン人やタジク人が滞在している宿に行けば宿泊は可能だろう。)

長く旅をしていると時々こういう不思議な偶然が起こるものである。

 

 

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しかし何故イミグレの建物がこうなる?(答)それが中国

 

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最初の食事は、やはりラグマン!