もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。

'99アジア その13 イラン3

ギーラーンちょっとだけ旅行記  マースーレ当時の旅日記

 

イランといえば確かに砂漠や岩山ばっかりだけど、カスピ海沿いでは気候は違って雨が降ります。緑も多くその風景は日本にさえ似ていて最初は意外に思えました。イランでも米を食べますが、この地域の田んぼで獲れたものです。 

 

 

●5月6日


テヘラーン西バスターミナルからも雪を抱いた山並みはよく見えた。 まるで北陸、富山みたいだな、と思いながらターミナル内で時間をつぶしていると、S君とばったり再会した。 (彼とはイスファハーンのアミールカビール・ホステルで同室になり知り合った) 国境手前のマクーまで直行、即トルコ突入とのこと。
良い旅を、と別れの言葉を交わしたが、その後の縁は当時は知る由もなかった。

 

  *


カズヴィンまでの道路は相変わらず素晴らしいコンディションで快適だ。 いつの間にかハイウェイに乗り込みバスは速度を上げる。 料金所の様な野暮な物は無い。いつもながら少々妙な気分だが、世界にはそんなものがある所のほうが珍しいのだ。
カズヴィンを過ぎると、あたりはうっすらと草に被われた放牧地帯となる。 そして段々山がちになってきて、ルードバールまで来ると周りの山々は緑で覆われていた。
なんとまあ、久し振りのまとまった緑だこと! やっぱり緑に囲まれると、心が落ち着くのである。

ここギーラーン地方は降雨量があり緑も豊かなところ。砂漠と岩山の印象が強いイランのなかで、こういう地域も自分の目で見ておきたかった。
バスは川沿いの道を縫うように進む。気がつくと外は弱い雨が降っている。狭い平地と緩やかな斜面にはオリーブの樹々。オリーブはどこでも規則的に植えられるのだな、と思いながら、この町のあたりで撮られた映画を想い出していた。あの映画は当時の彼女と観に行った。僕は主人公のはっきりしない態度が気に入らず、観終わった後に悪態をつき彼女と口喧嘩をした記憶がある。 しばらくしてその彼女とは別れた。
そんな昔のことを思い出しても、バス旅のさなかでは車窓の風景とともに、アッという間に後に飛び去っていく。

 

 *


山合いなので日暮れは早く、気がつくと外は既に薄暗かった。雨脚も強くなり、ワイパーの動く音が規則的に聞こえていた。

ラシュト到着、ただこのバスはバンダレアンザリ行きなので、町中の交差点で降ろされた。 バスからの客をあてにするタクシーが数台たむろしている。値段を聞くが、高い。
大体イランのタクシーはせこい。乗車前に交渉しても降車時にそれ以上を要求してくる奴が多く、喧嘩ばかりしていた。これでも短気なのである。 バスや鉄道で働く人は皆親切なのだが、何故だろう。
しつこいので断る。別れ際に街の中心の広場の方向を尋ねてみたが、案の定違う方向を教えてくれた。こっちは旅続きで方向感覚だけは錆びついていないので、 そんな手に乗らない。 日本語でば~かと言って、正しい方向へと交差点を渡っていった。やっぱりこれだからイランのタクシーはせこい。


■T君と会うのはここで3回目、その後ギョレメで会い、イスタンブールでまたもや1週間同室となる。 その後彼は中南米からアフリカへ渡った。額が小堺一機に似ていた。
■「オリーブの樹をぬけて」アッバロ・キアロスタミ監督。当時リアルタイムでイラン映画が紹介され少し話題になったが、正面から社会問題を捉える映画が無かったので、 あまり興味は持てなかった。でも「桜桃の味」は不思議な映画だったと記憶している。もはや映画全般を観なくなったので現状はわかりません。

 

 

●5月7日


昨晩は宿を幾つかあたったが、思っていたほどの安宿は探せなかった。小雨の中食堂を探し回るのも面倒で、宿近くのところで済ませてさっさと寝た。

一晩たって雨こそ降ってはいないものの、空は曇り。 思いがけず宿の斜め向かいにお気に入りのバス会社No.15のオフィスを発見。タブリーズまでの夜行バスのチケットを予約し、 日中は荷物を預かってもらう。そう、今日は昼間にマースーレへ行くのだ。
町外れのミニバス乗り場まで歩いて30分位、少し遠いが一直線の道なので迷うことはない。ここからフーマーンという町まで行き、そこで車を乗り換える。
フーマーンはとりたてていうほどのこともない小さな町。月餅に似たくるみあん入りの饅頭が売られている。いつの間にか雨脚が強まり、傘を買うことにした。 日本から持ってきた折畳み傘はタシケントトルクメニスタン大使館に置き忘れてしまった。折畳みにしては少し大柄なその傘には、 何とMade in Japanと記されていた。本当だろうか? その傘もイスタンブールを発つ際に前述のT君にあげてしまい、今では確かめられない。

 

  *


道端に標識が規則的に現れ、そこに記された目的地までの距離は確実に減っていた。
外は雨と霧に静かにつつまれている。 生活が自然の中に優しくとけこんでいる様な風景の懐かしさに思わずほろっとしてしまい、少し気恥ずかしくなった。 山は樹木に覆われ、点在する農家の屋根は日本の茅葺きに似ている。ちょうど今が季節なのか、田んぼでは女性が田植えをしている。 空き地には雑草が茂っている。気候が似ていると、風景とはこうも似てくるものなのだなあ。

坂道を上り詰めたところで車は突然止まる。
しかしここがマースーレと言われても、全然実感がわかなかった。霧が低いところまでたちこめ視界なんて全然無かったから、そこに町が存在するであろう斜面を見上げても何も見えない。 霧雨というよりかは空気中を漂う水蒸気の粒に包まれている感じだった。なかなかよろしい演出をしてくれるではないか。
とりあえず坂道を登ることにした。途中で分かれる道があったので、勘でそちらへ行く。 暫く歩き、ようやく民家が現れ始めたな、と思った矢先に目の前に開けた光景は、紛れもなくマースーレだった。

 

f:id:pelmeni:20170812202707j:plain霧が深すぎて全貌が判らない!

 

霧と小雨に煙るマースーレ。斜面に階段状に積み重なった陸屋根の家々、下の家の屋根が上の家の前の通路になっていて(写真参照) そこではそれぞれの人が思い思いに歩き語り合い、子供はサッカーボールを蹴っている。僕はぐるっと回り裏(横)から町に入ってしまったので、 このように一望できる場所にいきなり来てしまったということだ。

しかし霧が濃くて辺りの風景が全くわからない。おかげでこの町がぽっかり霧の中に浮かんでいるように思えてくる。

 

f:id:pelmeni:20170812204657j:plainこの日は霧がひどかったけどおかげで幻想的だった

 

f:id:pelmeni:20170812203041j:plainマースーレは山の斜面に住宅が階段状に積み重なってできた町

 

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楽しい2時間を過ごした。まるで模型の町の中をさまよっている気分だった。上を歩いているひとの体がすぐ頭上にある。 自分の足下には下を歩く別のひとの頭がある。 なんだかスケール感が狂っていておかしい。
夢中になって全部の道を歩いた。といっても小さな町なのですぐに終わってしまうのだが、 全然飽きなくて同じ場所を何度も歩いた。
話ながら歩いている男性が多いのだが、よく見ると彼等は狭い範囲を往ったり来たりしている。そんな人達があちらこちらで往復運動をしている様子は、とてもユーモラスだった。

 

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見晴らしのよい場所で、霧の向こうに見えるであろう風景を想像していると、少年が話しかけてきた。

 ---名前は? どこからきた?  日本から 俺も日本に働きに行きたいよ ああ、そう---

イランでお決まりの会話だ。これに、

 ---イランはよくない、日本はいい国だ。 どうして? 云々…---

がたいてい加わる。ここでもやはりそういった会話となってしまう。 まあ、わざわざ外国人に話しかけてくるような人との会話ではあるが、本当に自分の国が嫌なのか、単なる社交辞令と受けとってよいものか。
いずれにせよ飽きてきた会話だし先が続かないのでサッカーに話を振る。彼の眼が輝く。身振り手振りで楽しいが簡単な英語しか通じないので、それ以上の深い会話はできない。でも考えてみればこちらだってペルシャ語は挨拶と決まり文句程度しかできない。
そんなこんなでまた面倒な気持ちになる。 旅をしていく限り、何かしらのかたちで人々とコミュニケートせざるを得ないのだが、この国では何だか欲求不満になることが多かった気もする。
ただ、こちらが相手を呼び寄せないのだ、と言われればそれまでのハナシなのだ。
急に湿っぽいところへ来ると、思考回路も湿ってしまう。

 

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  *


ラシュトへ帰り、少し歩き回った。思いのほか小奇麗な街にみえたのは、雨に濡れていたせいだろう。


街外れのがらんとしたターミナルからバスは夜7時出発。カスピ海沿いの道を走る。カスピ海は右手にちらっと見えたような気がしたが、 すぐに暗くなってしまった。

 

  *


途中の食事休憩は同じバスに乗車している西洋人の二人連れと同席した。男性はニュージーランドから来た。女性はフランスから。 旅の途中で一緒になったらしい。そういえばマースーレでも短い時間だが見かけた。僕はスカーフを被っている彼女をからかってみた。

 -----そのスカーフ、かわいいね。

 -----冗談じゃないわよ! こんなもの国境を一歩でも越えたら、このライターで燃やして足で踏みにじってやるんだから! こうして、こうして…

 -----はっはっはっ(男2人で笑う)

彼女は血相を変えて怒り始め、決して冗談で応えていなかったのがおかしかったが、まあフレンチギャルには無理もないことだろう。服装の自由を制限されるなんて理解の範囲外の事に違いない。

二人は途中のアスタラからアゼルバイジャンに入りたいと言っていたが、そこは外国人には開放されていないのではなかったか。 でも変わりやすい情報だし、そういうことは実際に行ってみなければわからない。幸運を祈る。(夜中に下車したようだ)

 

 

●5月8日


朝の5時前にタブリーズのバスターミナルに着いたが、ものすごく寒い。建物の中に入ってチャイをポット一杯たのむが、体の芯までは温まらない。
待合室はたくさんの人ですでに一杯だった。本当はビザを延長してこの街で数泊するつもりだったが、 急にイランを去りたくなってマクーまでのチケットを買ってしまった。 いつのまにか気持ちは既にこの先のトルコに飛んでいた。

ターミナルは高台にあるので街を見下ろすことができる。まだ日の出前なのにたくさんの明かりが灯っていた。この街の人は早起きのようだ。

(おわり)


マースーレは、この地を旅した知人から写真を見せてもらい、ぜひ訪れたくなったところ。当時は宿泊施設は無かったのでラシュトから日帰り。