もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。

過去旅'99アジア その13 トルコ

トルコ

(イラン)ギュルブラック国境→ドウバヤジッド→ギョレメ/カッパドキアイスタンブル→(アムステルダム経由)帰国

 

 

予定では最後の訪問国、トルコ。終わりに近づくと急いでしまうのはこの頃からの癖だったようで、一気に横断してしまった感がある。イスタンブールカッパドキアには訪れたが、今思えば他にも行くところはたくさんあっただろう!ということだ。(結局2005年に再訪し1ヶ月かけて回ることになった)

 

トルコの最初の印象は長距離バスだった。

イランのラシュトから夜行バスに乗り早朝タブリーズに到着後、すぐに国境まで移動した。イランからの入国者が多かったため通過には少し時間がかかったが日本人なら問題なし。入国後ミニバンで近くの町ドウバヤジッドへ。小さな町だしとりあえずバスターミナルへ行き時刻表確認しようとしたら、ちょうどシヴァスを通るバスが出発するところで、引き込まれるかの様にそのバスに飛び乗る。シヴァスには夜中の12時に到着。1時間の待ち時間でカイセリ行きのバスに乗り換える。朝の5時にカイセリに着き一休み後ギョレメ行きのバスに乗る。8時にギョレメに着き町中の食堂で朝食をとり、さあ宿探し。

ラシュトの出発が前々日の午後7時だから1日半まるまる移動しっぱなしだった。もちろんイランのバスも道路も快適だったのだが、それ以上だったのがトルコだ。本当に流れるようにスムーズに移動できた。国境近くの一部の地域を除いて道路の状態は非常に良い。バスもベンツの大型で新しいタイプ。乗客も適度の込み具合。車掌が甲斐甲斐しく働き飲み物やらお絞りやらサービスに余念は無い。休憩後等の出発時には必ずコロンヤが振舞われる。オトガルと呼ばれるバスターミナルはどこも広くて多くの会社が発着便を持っているのでチケット選びに困ることはない。夜中でも走らせているので建物内も人が往き来していて安心だった。学生だと一言添えれば学生証無しでもすぐに割引された。つまりあらゆることがスムーズで楽チンなのだ。おまけにそこそこ安価。さらに、働いている人が皆親切。アジアでこんな国は他には無かったね。というかもうアジアのレベルでは無いと思った。ヨーロッパのeurolinesか、後に訪れるブラジルやアルゼンチン並みの快適さだ。

ボロいバスに揺られ移動するということは、それはそれで得難い体験なのだが、快適なバスの車窓から流れ行く風景をぼうっと眺めるというのも気持ちの良い時間だ。あらゆる物事がタフでハードで濃密な南、中央、西アジアの後ではトルコなんてすべてが薄味に感じる。でもそれが良かった。そう感じること自体に意味があると思った。

 

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一応最終地であるイスタンブールに着く。ここまで5ヶ月と少し。こんな旅の長さを出発前は想像なんてできなかった。でもあっという間。終わってしまえばあまりにあっけないものだった。多少欲求不満を感じたのは、やはり長さが足りなかったせいだろう。旅の生活に慣れ旅の体ができあがり、精神的にも肉体的にも好調だった。本当はもっと時間をかけても良かったのだろう。でも日本での用事があったので、しばらくの間滞在した後、帰国しなければならなかった。

 

久しぶりの大きな街で、気分はお上りさん状態だった。

 

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ここではインド以来の日本人大集合状態。泊まっていた宿には到着時には3人だったのが次から次へと集まってくる。多分同じガイドブックをみての事なのだろうが、それでも分散していたとはいえ多すぎる。僕の他に前述のT君、ピンディで同室だったS君、バムで会ったK君、バイクでインドから横断してきたKK君、その他にも男性2人、女性1人、ついでに香港人のカップルがいた。

観光は各自していたが、食事にはよく一緒に出かけた。スルタンアフメットのロカンタ、ガラタ橋近くのサバサンド、ベリーダンスショー、etc…、そうそうポルノ映画のハシゴなんか今でも憶えてる。結構最悪な体験だったから(笑)。映画の出来がどちらも酷かったうえに、映画館内の輩の行為も最低だった。イスタンブールだけはあらゆる意味で他のトルコとは明らかに異なる空気が流れていたが、それでもイスラムでのお楽しみって厳しいんだなってその時思った。

 

旅の最後に大きめの街を選び、少しゆっくりしてから帰国することを此処でおぼえたようで、以降大抵そうしている。時間はあったが、それまでを振り返るような気分ではなく、感傷的なものは感じなかった。次の渡航地は日本、という感覚でイスタンブールをあとにした。でも日本は日本であって、関空に降り立った瞬間から、暫くの間忘れていた現実というものに引き戻された。

夢はいつかは覚めるものである、ということをこの時ほど実感したことは無かった。