もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。

'04南米 その9 ハンモック船でアマゾン河

ハンモック船でアマゾン河 ベレンマナウス

 

Yahoo!ジオシティーズのサービスが3月末で終わります。僕はそこに旅行日記や写真を載せた小さなサイトを持っていたのですが、この10年もの間は更新せず全くの放置状態でした。今更新しいところへ引っ越すつもりもなく消え去るのみでよしとしましたが、幾つかの文章はこのブログの過去旅回想記に既に転記しています。今回もそのひとつです。

 

  

1. 


南米の地理のスケールは桁違いだ。

地図を見てそんなことくらい解っているつもりでいたが、いや、これは実際に体感するのとではえらい違いだ。 目の当たりにすると、本当に、ため息が出てしまうのだ。
そのなかでもブラジルは、すごい。なんか旅行中ずっと気分が高揚しっぱなしだったのが、 後になってもはっきりと思い出すことができる。

マンゴー並木で有名なベレンには、サン・ルイからバスで14時間かけてやって来た。
サルバドール、レシフェ、サン・ルイ、ベレン。 これらの街は道路により結ばれてはいるものの、地図の上を追うだけでは想像できないような隔たりだ。 自然があまりに大き過ぎて、此処ら辺りの一本道は何とも心許ない。 バスは昼なら無人の原野か規則的なプランテーション、夜なら漆黒の闇の中を、速度を変えずに延々と走り続け、 沿道に点在する無数の集落を通過する。 僕は窓ガラス越しに人々の生活を垣間みようと息をこらすが、あっというまに幻のように過ぎ去ってゆく。
安いチケットのバスを選ぶと時間は掛かるものの、停車の度に陽気な地元の人が隣の席に座れば、 旅人はその間飽きることはない。
ただブラジル北部は次の訪問地までの距離が非常に長く、何でもいいから早く着いてくれと願うこともままあった。 退屈!という一言で済ませたくないために、あれこれ必死に「脱・日本スケール」へ自分の感覚を合わせようとしていた。
まあアンデス山中のように道が酷かったり事故ったりしないから気は楽だったが。

ブラジルまで行くのならぜひアマゾン河を船で遡行したいと思い、河口の街ベレンまでやってきたのだが、 出発は急なことだった。
でもそれは、いつものこと。旅の時間には自らの意のままにはならない流れのようなものがあって、 それにひょいと飛び乗らなければならない時がある。たいていは急に目の前に現れ瞬時の判断を迫られる。 長旅で培われていた勘のみで判断をする。必ずしも正しいとは限らないが、旅の空の下ならそれもOK。

 

 

 

2.


ベレンでは一休みするつもりだった。 ここしばらく長距離バスに揺られ続けたせいか、軽い坐骨神経痛を発症していたからだ。
だからバスターミナルを出てすぐに宿を探すつもりでいたのだが、乗った市バスが通りかかった船着場で降りてしまった。 まあ出発便を確かめてから事を始めればいいんじゃないかって。

そう、ここで。
チケット売場で尋ねたところ、出発日は本日夕方。次の出発は3日後。これを聞いて僕は迷わず金を払った。 当日のチケット代は割高のようだが、まあいい。勢いだ。ああ、その時は本当に何かに操られている感じがした。 体は疲れているが気持ちはたかぶる。船着場横の露店で一番安いハンモック(5ヘアイス)を買って、 船に乗り込み場所を確保。出発までまだ5時間あるが既にかなりの人がハンモックを吊るしていた。 街へ出てまずは腹ごしらえ。散策しながら、小振りだがべらぼうに安いマンゴーを買い込み、 時既に遅しでも薬局でマラリア予防の錠剤を入手してとりあえず口に放り込んだ。

夕方7時に船は埠頭を離れた。

 

f:id:pelmeni:20190216050359j:plainベレンは大きな街

f:id:pelmeni:20190216050534j:plainこの船に乗り込む

f:id:pelmeni:20190216050653j:plain天井に通してある鋼管に持参のハンモックを縛り付け、そこが自分の居場所となる

f:id:pelmeni:20190216050916j:plainさよならベレン

f:id:pelmeni:20190216051040j:plain窮屈に見えますが思う程居心地悪くないです

f:id:pelmeni:20190216051458j:plain人が生活しています

f:id:pelmeni:20190216051826j:plain毎日密林に沈む夕陽を拝みます

f:id:pelmeni:20190216052017j:plain朝靄にけむるアマゾン…

 

 

 

3.

こんな感じで5日間も延々と変わらぬ風景を見続ける。(川幅は場所により狭まります。初めは湖みたいな距離感でした) 何となくキツそうに思えたので、実はチケットは途中のサンタレン迄しか買わなかった。だったら別の日にも船便があったって? ええ、確かにその通りだと思うけど、細かいことは、もういい。

ここで前半最大のハイライト。
3日目頃、デッキで微睡みながらぼうっとしていると、船尾の方で声があがった。人が集まり始め、やがて船が停まった。 そこで何事かと僕も見に行った。
ひとが一人船の後方の水面に浮かんで流されているように見えた。普通なら客が誤って川に落ちたものとみるだろう。 だがよくよく眺めてみるとどうも違う様だ。彼は泳いでいるのだ! やがて岸にたどり着くと奥の森の方に走って行った。 彼を追って2人ほど船から川に飛び込み森の際まで行ったが追いつく事ができなかった。
いったい、彼は何故にこんな面倒なことをしたのだろうか? この先の森林の地理を知っていたのか?  ということはもしかして、 このようなことはよく起こることなのだろうか? 考えれば考える程、わからない。 この旅最大の謎どころか、僕の全旅歴をとおして最大級の謎かもしれない。(たぶん常習者とみた…笑)

 

f:id:pelmeni:20190216052149j:plain追っ手は結局追いつくことができなかった

 

 

 

4. 


毎日の同じ眺めに飽き、多少は哲学ぶった思考が行われるのではないかと自分に期待をしたのだが、実のところ、 その流れ去る同じ眺めにひたすら見入ってしまった。哲学どころではない。ただし、ぼうっと見過ごしていたわけでもない。

ここでやりたいことがひとつあった。船上でレヴィ・ストロースの「悲しき南回帰線」を読むのだ。 オレンジ色のヤツは重くて持って来る気にはなれなかったので、中公クラシック版をバックパックに入れて来た。
卒業してから既にかなりの時間が経っているが、彼は僕の学生時代のアイドルだった。 彼のシンプルで明晰な文章により読み解かれる知の世界にひたすら没頭していた当時の記憶などを、 忘却の彼方から掘り起こした。思えば遠くまで来たもんだとしみじみ思う。 それは単に地理的な意味合いだけではなくって。

目の前に途切れること無く拡がる厚いジャングルのずっと先に、 彼が分け入り調査を行った部族が生活をしているのだと想像するだけで、いてもたってもいられなかった。 船からは遠くの森をひたすら眺めるしかないのだが、眺めていたのは風景だけではなく、当時の僕自身でもあった。 流れる風景の先で色々な思いが交錯していた。


~なんて格好いい事を書いてみたが、多くの時間は退屈していたと思う。
本は確かに読みました。

 

 

5.

1日3回の決まった食事時間になると大きなテーブルが用意され、 2、3回のローテーションで(一度に全員は着席できない)簡単な食事をとる。 たいていはパスタや米、豆類等を混ぜた料理。ちなみにこの国ではなんでも混ぜる料理が好きみたいだ。トイレやシャワーは川の水を使うので何時でも使用可能。飲み水はタンク式で食事と一緒に途中の町で載せる。 ビールやソフトドリンクはデッキの売店で缶が手に入り、これも時折補充。 売店ではノリの良いローカルミュージックがいつもかかっていた。

 

f:id:pelmeni:20190216052917j:plainデッキで皆適当にくつろぐ

f:id:pelmeni:20190216052722j:plain途中に停まった船着場

f:id:pelmeni:20190216053100j:plain嫌でも太陽は毎日沈みます

 

 

6.

サンタレンで船を降り一泊した。ベレンマナウス間では最大の町。実はここまでの間に1時間の時差。 町はごく普通の雰囲気で、 夕方出船が戻って来る頃に岸辺は少し賑やかになった。 川岸を皆散歩していたが、空が広く久しぶりに落ち着いた開放感に浸ることができ、良い気分転換になった。 ここからマナウスまでのチケットは2種類あり、それぞれ鉄製と木製の船だという。 木製の船で行ってみてもよかったのではと今となっては思う。今度の船は前の2/3位の大きさで、 バーではなく一定間隔のフックにハンモックを結び付けるので、ぎゅうぎゅう詰めという感じではない。 あまり記憶に無いが日記を見ると「食事が(前の船と比べて)一品多く少しレベルが高いが、 -5と-3を比べるようなものか」と書いてあった。(笑)

 


f:id:pelmeni:20190216111609j:plain夕暮れはどこもいい感じ

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意表をつく鮮やかさがブラジルらしい

f:id:pelmeni:20190216111950j:plain黒い水と白い水の会合は有名なマナウス近くだけではない

f:id:pelmeni:20190216112132j:plain支流と合流する箇所ではよく見られます

f:id:pelmeni:20190216112252j:plain新たに乗った船は一回り小振りで幾分空いていたけどやっぱりこんな感じ

f:id:pelmeni:20190216112421j:plain時に臭ってくることがあっても、それはトイレの故障ではなく岸辺で放牧されているから

f:id:pelmeni:20190216112633j:plainたまには陽の沈まない日があっても…そんなことあるわけないか

 

 

7.

あいかわらず退屈な時間が始まった。しかし、この延々と続く変化の無い熱帯雨林、 このスケール感は日本では絶対にお目にかかれない。
気温はもちろん高いのだが、水の上を進んでいるため船側に出れば常に微風にあたることができ不快なことはない。 また夜になれば温度が下がっていることがわかり、Tシャツ一枚では涼しいと感じられる時もあった。 電気は点けっぱなしなので本を読んだり日記を書いたり。 そして、オイルの煤けた甘いニオイのなかで、船のエンジン音と波音を聴きながらうとうと眠りにおちいるのが毎日の常だった。


f:id:pelmeni:20190216113238j:plain途中の町のひとつ

f:id:pelmeni:20190216113257j:plain人だけでなく物流も担っています。交通は川の上の船だけだから

 

 

8.

そしていよいよマナウス到着。天候は雨。時折雷が鳴り風も強い。 こういう時には上部に結わいてあったシートが側面一杯に下ろされる。
時間はまだ5時前で、皆直ぐには下船しない。もう少し明るくなるまで待つ気のようだ。僕もゆっくり荷物をまとめ、 船着場からシャトルバスでターミナルに着いたのは6時過ぎだった。 そこから一歩外へ出れば、ごちゃごちゃして慌ただしく、予想通りの雰囲気。 毎日見続けたジャングルへの去り難き思いとようやくシャバに戻って来たかような懐かしい感じを同時に覚えたが、 そんな感傷はやがて街の中に消え去っていった。
ただ、正直いって疲れていた。ブラジル北部を休み無く一気に駆け上がってきたので思いの外体にガタがきていた。 滞在して判ったことだが、この街は適度に賑やかかつ穏やかで、リラックスして過ごすことができるところ。よい滞在になったと思う。

マナウスの街は思っていた以上の大きさで、ごく普通に近代的な装いがあるものの、 過去の栄華が忍ばれる痕跡が随所に見られるところなど気に入った。
到着が12月23日、翌日はクリスマスイブだが特に盛り上がることなく、25日の街は完全に祭日でほとんど無人だった。 まあこんな真夏にクリスマスもナンだが、 それでもサルバドールなどでは街中の至る所にサンタクロースが暑苦しい服着て大勢現れ(人形だけどね)、 陽気なブラジル人ならではの一面が垣間みられた。この街は違うようだ。これもブラジル…。


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こういう雰囲気大好き

f:id:pelmeni:20190216152135j:plainクラシカルな建物も多い

f:id:pelmeni:20190216152307j:plainここではクリスマスは正しく祭日です。商店は閉まり、人や車の通行はほとんど無い。