もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。最近はすっかり懐古モードです。

'05旅 その10 トルコ2

トルコ2>トルコ南東部 Aug. 2005

→ディヤルバクル、ハザンケイフ、マルディン→シャンルウルファ、ハラン→

 

(経路上の時間は参考にしないでください)

 

ヴァンから夜行バスに揺られ、ディヤルバクルのバスターミナルにはほぼ遅れなく朝着きました。この辺りはクルド人が多く住んでいる地域です。クルドといえば僕が最初に思いつくのがクルディスタン労働者党、略してPKK。その昔IRAアイルランド)とかETAバスク)とかPKKクルド)など独立運動がゲリラやテロ等に過激化していったのは、皆アルファベットの頭文字3文字で呼ばれる組織だった。現在トルコでの停戦の合意はなされています。この旅行時は平穏化していて非常事態宣言は解除されていましたが、何か起きれば外国人は入域禁止になるエリアでした。そのせいもあるかもしれませんが他と比べて人が来ないところでした。ディヤルバクルの街自体は起源が非常に古く、様々な出来事を乗り越え現在まで連綿と続く歴史があります。

宿泊にはエアコン付きの中級宿を選びましたがそれは理由のあること。何故ならこの時期は非常に暑い! 夜に部屋でTVを観ていたらディヤルバクルの最高気温は41℃と表示されていました。それならハサンケイフは多分45℃くらいだっただろう。

 

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古代の城壁に囲まれた旧市街はごちゃごちゃしていて楽しかった記憶があるにもかかわらず、なぜか写真を撮り残していません。上の写真はきれいに修復保存、公開さている当地の建築様式をもつ邸宅です。


 

 

ハサンケイフ

途中バトマンという町でバスを乗換え日帰りで訪問。ここは非常に古くからの歴史がある町で、チグリス川を望む高台には新石器時代の洞穴住居跡とビザンチン帝国時代の要塞の遺構があります。古代ローマ時代の痕跡がある集落や、シルクロードに沿って架けられた橋など、中世のイスラム建築も残されているところです。

f:id:pelmeni:20190909004639j:plain対岸から眺める

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ところが、歴史的に大変重要なハサンケイフがトルコ最新の一大ダムプロジェクトでほとんどが水底に沈む危機に見舞われているのです。当時から計画があることは知られていました。今回少し調べようと思ってググったところ最初に目に入ったトピックがこれでした。救出発掘調査、修復、搬出のプロジェクトも話題になったようです。更に今年の10月から立入禁止となることも発表されていて、本当に水没が始まるのかもしれません。これにはどうやら、単に治水のみならず、水を資源として掌握し下流の国シリア、イラクに対する政治的牽制の意味合いもあるということです。でも犠牲は非常に大きい。信じたくないです。

 

 

マルディン

この町へも日帰りで。斜面に展開する町の雰囲気はトルコというより中東です。乾燥地帯で建物は陸屋根。階段状の通路も多くバザールが活発な町です。砂色の町並みは夕陽に映えてとても美しい。

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南方のシリアから続く平原の終端に在る 視界の中のこの先の何処かに国境が引かれている

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細い道が入組み坂や階段も多いせいかロバが使役されているf:id:pelmeni:20190910194659j:plainf:id:pelmeni:20190910195223j:plainf:id:pelmeni:20190910195346j:plainf:id:pelmeni:20190910200236j:plain気がつけば日没の時刻 さらばマルディン

 


シャンルウルファ 

ここも暑い。ムシャクシャするほど暑い。それでも既に旅の体となっているので、そんな場所でもひたすら足が動いてしまうのだ… さまよえるバザール、光と影が織りなす迷宮。砂色のサンドストーンの家で固められた細く曲がりくねる路地。夕陽の中ですべてが美しい。こんな面白い町を彷徨わずにして何のために旅をしているのか、ということだ。<もちろん個人の趣味です>

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f:id:pelmeni:20190911141903j:plainf:id:pelmeni:20190911142257j:plainf:id:pelmeni:20190911142007j:plainアブラハムの聖地 モスクが面する長方形の長いプールは爽やかな水辺の空間f:id:pelmeni:20190911141927j:plainバザールの中庭は野外のチャイハネ 娯楽と交流の場 木陰が心地良い

ここでウロウロしている時に何故か若い女性に来訪を祝福されて(と勝手に推測)、頬にぶちゅっとキスをされたのがこの街一番の思い出? 遠い東アジアからはるばるウルファにようこそ、アッラーの祝福を!といったところだろうか。テシェキュレール。

 

大通りから細い道に入ってみる。砂岩でできた住宅は閉鎖的なつくりなので、何だか迷路に迷い込んでしまったような気分になります。生活空間は中庭を中心に展開されているのだろうが道路からはなかなか窺い知れないことが少し残念。とはいえ鍵状に続く小道を当て所なく歩いていると、時を忘れてしばらくの間、意識は異国の空の下を半ば夢見ながらさまよいます。気が付けば陽は落ちて周囲は既に薄暗くなっていました。通りに戻れば店には照明が点き、肉を焼く香ばしいにおいが漂い始めています。さて、現実も悪くないですね。

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ハラン

何もない一本道を進む。その先にあらわれたのは、紀元前に歴史をさかのぼる古い町。かつては城壁に囲われていたらしいが当時の都市は滅ぼされた。現在、目を惹くものは薄い石材による円錐状のドームです。遠目には日干し煉瓦の積み上げに見えました。石材なのでイタリアの有名なアルベロベッロの住宅に似ていますね。原始的で誰もが何処でも考え付くものといえば、そういうものかもしれない。多分石の他に使える材料が無いのでしょう。一部の住宅は修復保存されていて内部に入ることができます。しかしー、ここはー、更に暑かった。じりじり焼かれるような感じで、もう暑さも限界でした。ウルファに帰ってアイスクリーム屋のはしごをしたと当時の日記に書いてあります。

 

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f:id:pelmeni:20190912015548j:plain民家は少なく、現在では居住スペースは陸屋根の増築部分だそうです