もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。最近はすっかり懐古モードです。

'05旅 その8 グルジアの谷間へ2

コーカサス7 > グルジア(現ジョージア)スヴァネティ#2 ●Aug. ’05

 

 ※2回に分けました

 

 

 

 <承前>

 

3  中世の町~グルジア式宴会~別れはあっけなく

 


柔道親父は時間通り待ち合わせ場所に待っていたが、何故か中々出発しない。車が目の前にあるので我々も大袈裟に文句は言わなかったが、少し苛立った。ようやく出発したが久々の悪路を3時間近く。道は整備されておらず、途中水浸しになっているところもあった。アルメニアでもさんざん乗せられたが、旧ソ連製の4WDはたて付けが悪く、悪路で弾んでいるうちにどこかでネジが飛び、果ては車が崩壊してしまうのではないかという悪夢が今回も頭の片隅をよぎる。ただし車窓の風景はとても美しく気が紛れるというものだ。そうこうしているうちに、静かな谷の中に幾つもの塔が見え始め、期待が高まってきた。

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ウシュグリ村にたどりついた。山を背景に塔が立ち並ぶ不思議な集落の光景は、映像や雑誌で記憶していたとおりだった。これら石造りの塔は、アッパー・スヴァネティ地方各所の集落に数百が残っており、地域の中心地メスティア近くのウシュグリ村に多くが残っていることが知られている。写真好きでこだわる一人を村の手前で降ろし、とりあえず道の行き着くところまで行った。橋のたもとで車を降り、一番遠くに見える教会まで緩やかな坂をのぼって行った。とても穏やかな風景だった。

 

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実際に使われているのか怪しい教会だったが、そこからの眺めはすばらしものだった。正面には雪を抱いた力強い山々が連なる雄大な景色。振り返れば谷に点在する集落が一望のもとにあった。あの山の向こうはロシアなのだろうか?

そして、多くの人が集まっていた。人が集まり始まるものといえば、ここではそう、宴会。場所が場所だけに、おそらく地元の人の何か集まりなのだろう。英語のできる人が誘ってくれた。せっかくなので末席に参加させていただくことにした。「タマダ」という音頭とりの様な人が前口上らしきことを述べ、もちろんウォトカの乾杯。あれ、ワインもあったかな? そしてそのタマダが順々に入れ替わり次から次へと乾杯が続いて行くのだった。これが大事。そう、このグルジア式宴会は酒が強い人間でないときつい(笑)。その他には捌いたばかりという茹でた羊肉、パン、チーズが振る舞われた。さっきまで知らない者同士がお互いつたない英語で精一杯のコミュニケート。こういう時間は楽しいんだよね。だから、旅は止められない。

ただし男2人は酒に強くなかった。酔い冷ましに、一人場を離れ、もう一人、、、。集落入口の橋で待っていた帰りの車と写真君に落ち合ったが、残して来た姉さんはすぐには戻って来そうもないので、僕は近くの集落の中へ散策に行った。

 

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時間が止まっているような場所だった。黒ずんだ石積みの壁には本当に長い時間を経てきたことが感じられた。人間の営みを長きにわたり見届けて来た石の壁というものを見るたびに、僕はいつも言い知れぬ安堵感を覚える。日本の木造文化も清潔で気持ちの良いものだが、強固な石の表面に時間というものだけが作用できる微妙で柔らかな風化には、格別な味わいを感じる。寡黙さや、力強さ、安定感、大地との一体感。

デジカメで写真を撮っても水平になっていない。宴会の酔いがまわってきて歩くのが面倒になってきた。道端に蛇口を見つけたので顔を洗おうとして、出て来た水の冷たさに驚いた。グルジアの山の雪解け水なのかしらん。ははは、小さな笑いがこみ上げてきた。

その後ひと気の無い集落の中を時間がたつのも忘れてしばらく歩き回った。塔の根元は意外と太い。何故か犬に後を尾けられたが、距離を空けずに黙って居るだけだった。ただ単に他所者とかそういう観念がないのだろう、か。

 

f:id:pelmeni:20190829205505j:plainコーカサスの子供たち


集落の入口で僕を呼ぶ声が聞こえた。帰りの時間だという。小走りで車に戻ると後ろの座席で姉さんが酔いつぶれて何かぶつぶつつぶやいている。親父がアクセルを踏んだ。

まあ楽しかったなと思いながらの帰路の途中で、またもや宴会に遭遇! おまけに親父の知り合いがいるらしく、ちょっとだけと言って彼は車から降りてしまった。上での宴会に加わらなかった写真君がどんなものか知りたいと親父について行き、そして見事に撃沈、ふらふらになって戻って来た。今日は祝日なのかそれともこれが平常なのだろうか? 

酒の国、グルジア。人々は皆陽気で人当たりが良く親切、そして酒飲みの国。本当に彼らの人生に欠かせない一部分なのだろうと思う。

 

夕食後、今日も無心で星空を眺める。相変わらず見事という他はない。何だか吸い込まれそうな気分になり、一瞬、星空と自分の距離が無くなったかのように感じられる時があった。原初的な宗教的体験かもしれませんね、これは。

 

 

 

僕はもう一日くらいここでだらだらと過ごすのだろうと思っていたが、何となく成り行きで翌朝出ることになった。でも十分楽しんだ感はある。

 

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帰り道はほぼ下り坂だったので5時間でズグディディに着いた。楽しかったことを思い出しながら窓の外を眺めていたら全然長くは感じなかった。でも正に下界に降りてきたという感だ。気温も高い。

 

乗ってきたミニバスはトビリシ行きだったので途中下車のかたち。駅前で客待ちでもして少し時間をとるかと思ったが、ここで降りる僕とウッチーの荷物を下ろすとすぐに動きだした。 えっ。 別れの言葉を交わす間も無く、これには皆驚き、タカシ君もヤマさんも窓から身をのりだし思いっきり手を降ることしかできなかった。

 -----えー、行っちゃうのーっ!?

ウッチーはほとんど半泣き状態だった。こいつらに負けられるかとウシュグリの宴会で地元民と一緒に酔いつぶれるまで飲んだ彼女も、やはり女性。

予想もできなかったあっという間の別れ。でも、これも、旅。

 

  -----また、どこかで!

 

 

 

 

<追記>

僕が今まで訪れた中では五指に入る場所。唯一無二の光景、手付かずの自然と人々の素朴な営み、平和な雰囲気での寛いだ滞在は何物にも変え難い体験となりました個人的には「風の谷」のイメージがパキスタン北部のフンザとともに重なります

当初はまずカズベギの方に足を伸ばしてからスヴァネティへ行くかは考えるつもりでした。再びトビリシまで同じルート往復するのは嫌だったので、カズベギはあきらめトルコに向かいました。この後はみんなバラバラで旅行したようですが、イスタンブールやカイロで再会したりしていたらしい。時々メールがきました。でも僕だけが結局誰にも会えなかったのは、移動のスピードが遅く寄り道も多かったから。カイロまで多分2か月分近く遅かった。

 

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ちなみに当方所有の書籍に掲載されているウシュグリの写真「スヴァネティアの要塞化村落」 撮影時期はわからないがおそらく60年代前半より前と思われる 山々の形や手前の道、建物など変わっていない 塔は少し減り新しい住宅は増えている

それから更に14年、現状はさて…

 

●終了したジオシティーズの自身のサイトに載せてあった旅日記。多少加筆修正しましたが、基本的には旅行直後の文章です。写真は追加しました。 

 

 

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