もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。

パンダールに行った時のはなし

10/20-23 パンダールに行った時のはなし

 

 

 

マディナ・ゲストハウスの人にヤスィンやカルティレイク、パンダール等の地名を挙げ何処が良いか訪ねたところ、2人ともパンダールと答えた。でも聞いてみれば彼等は実際に訪れたことは無いという。何だよ(笑)、だからそのまま受け取ってよいものか迷ったが、彼等を信じてギルギットからパンダール~カルティレイクへの小旅行をすることにした。

 

マスツージ行きのNATCOのバスは朝6時にプニアルリンクロードにある同社事務所前から出発する。それとは別にパンダールへのミニバスが朝10時に出ることを宿の人から聞きだし、出発場所を地図上で教えてもらったが、分かりにくかったので結局一緒に付いて来てもらうことにした。結果的にはそれは正解だった。というのも彼が最初教えてくれた所にはバス乗場は無く、周りの人に尋ねてたどり着いた所は上記NATCOと同じ場所だった。隣に表示の無いカウンターがあり、こんな所は自分では探し出せなかっただろう。出発は11時というが彼等の11時とは00分~59分の間と見てよいことは経験上知っている。

11時から荷物を積込みミニバスの出発は1130分過ぎだった。眺めの良い渓谷が続く。途中シャキラで検問、ガクーチで昼食休憩、グピス到着は出発から3時間半後。その後青い水を湛えるカルティレイクを横目に通り過ぎ、高度は上がる。パンダール近くになると人や荷物を降ろすために停まる回数は増え、パンダールのバザール到着は既に暗くなった午後6時だった。そのまま村に一つしかないというバハサダールというホテルに投宿。夕食を作ってもらい従業員達とTVを見た後部屋に戻る。寒いので毛布の二枚掛けが必要だった。

 

翌日は近くにあるパンダール湖まで散策。片道1時間半強。湖自体は今の時期水が少なくたいしたことはないが、春になると川と繋がり青くきれいな姿になるという。それよりも川沿いの水辺の風景が美しいところだった。時々うっとりするような情景に出会う。帰りは午後少し遅い時間になり畑や路上に多くの人が出ていた。彼等と挨拶を交わしたり短い話をしたりしながらのんびりと宿まで帰った。ここまで来たかいがあったという一日だった。パンダール付近はちょうど谷が拡がっている部分で、川沿いに耕地が拓かれ人がそれなりに住んでいる場所であることもわかった。

 

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パンダールバザール

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水位の高い時期は釣りができると聞いたけど今は…

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その翌日はカルティレイクへ行く予定でマスツージから来るNATCOのバスを捕まえるつもりでいた。時間を尋ねると人により11時だったり10時半だったりするので早めに行くつもりでいたが、バスは何と1020分少し前に通過してしまった。ミニバス等はもう無いという。仕方ないので村の中にあるチェックポイントでヒッチしようと待っていたが、通る車はオフィシャルの車か近場までの地元民の車しか通らない。それも1時間に1,2台のみ。3時間待ったがチェックポイントの警察官から今日はもう来ないだろうと言われた。この道は良く知っているからね、ホテルに戻ったほうがいい。もし車が来たら伝えに行くよ、と言われた。

結局同じ部屋に戻った。まだ陽は高いが何もしたいとは思わなかった。とりあえず本でも読むしかない。夕食後もその場にいる地元民と一緒にTVを観た。ジハードの映画らしいが、こちらのシリアスな映画では女性がやたらと艶かしい声で悶えたり呻いたり、泣き叫んだりするのであまり好きではない。肌をみせたり襲われたりするシーンなど視覚的に男性の興味を引くことができないのでどうしても音声のみで勝負することになってしまうのだろう。

何だかなあ、と思いながら明日の早朝に出るミニバスのことを訪ねると、明日からアーシュラーの休日で2日間ギルギット周辺の公共交通は全部止まるという。だからギルギット行きの車は無い、と。何?そんな大事な事みんな何で早く言ってくれないのだ??!! 自分ではわからなかったが少々取り乱してしまったようで、マネージャはノープロブレム、大丈夫だと言いながら携帯電話でどこかへ連絡をとる。早朝のミニバスはギルギット手前のガクーチ止まりだが、そこで乗換えてギルギットまで行く事はできるということだ。と言われてもすぐに信じる気にもなれなかったが、この際その車に乗るしか選択肢はないだろう。この寒い所に長居は無用と思った。

 

翌朝6時にミニバスの運転手は宿まで来てくれた。まだ薄明るい山道をとばす。カルティレイクは残念ながらパスだ。ギルギットには今日着くことができればそれにこしたことはない。明日のことは期待できない。といっても翌日ギルギットを出ることはできなさそうなのだけど。ガクーチまでは2時間と少しで着いた。乗降客が少なく道も下り坂となるので早かったのだろう。その場でギルギットに行く車を探したが無人のミニバスが止まっているだけだったので通りに出て朝食をとった。目の前で揚げている出来立てのパラタは美味しかった。ミニバス溜りに戻ると乗客待ちをしているギルギット行きのミニバスが出口に止まっていたので乗り込み、程なく出発した。乗車前に警官にパスポートチェックをされたが事の外親切な対応だった。1時間半で何とかギルギットに到着。元いたマディナゲストハウスに戻る。町中には武装した警察官がたくさん居て少し驚いた。ギルギットではこれまでも宗派間の対立がエスカレートして大騒ぎになったことが度々ある。なのでシーア派の祝日のこの2日間は警察は必要以上に神経を尖らす必要があるのだろう。

 

カルティレイクは惜しいことをした。でも考えてみれば、あの時NATCOのバスに乗れたとしても、何も知らずに一泊し、その後ギルギットに戻ることができたかといえば、実はとても難しかったのではないかと思う。だからアッラーの思し召しにより、こういう成り行き(運命)になったのだと考えることにした。バスはやはり早いものに乗った方がい良い。今となってみればの話だが 、あの日は早朝のミニバスに乗り、午前中を湖で過ごし、昼頃通るNATCOのバスを捕まえてギルギットに帰るのが本当は良かったのだろう。そして翌日からギルギットに2日間釘付けになることを知る…。フンザへの出発日はいずれにせよ変わらないが、カルティレイクに行けただけ良かったとのではいう仮定の話だが。

前回の旅のラオスの正月休みといい今回といい、祝祭日にあたると移動は面倒だ。先進国でない場合は事前のチェックが必須だろう。おまけにイスラムの国ではイスラム暦により日にちが毎年移動するので厄介だ。