もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。

'99アジア その11 イラン1

イーラーン

 

トルクメニスタン)サラフス国境→マシュハド→テヘラーン→イスファハーン→シーラーズ/ペルセポリス→バム→ヤズド→イスファハーン→テヘラーン→ラシュト/マースーレ→タブリーズ→マークー→バザルガン国境(トルコ)

 

 

 

アシュガバートで世話になったメルダンがある時、カーペットで商売をしないかと話を持ちかけてきた。僕が日本で客をとり注文を受け、彼がトルクメニスタンから発送する。そして売り上げを山分けする。今でこそ面白い話だとは思うが当時は思いも寄らぬ事だった。

あまり知られていないが、トルクメニスタンは絨毯の一大生産国とのことだ。イラン製やトルコ製となっている絨毯のうちのある程度の割合はトルクメニスタンで作られたものらしい。ハンドメイドと工場製の違いも語ってくれた。

そんなこと思い出したのは、サラフスの国境※でカーペットを運ぶオバちゃんたちと一緒に国境を渡ったからだ。両国の入管の建物間は距離があり彼女たちが乗ってきたボロいバスに乗せてもらった。細長く丸められて床に積み重ねられた大量のカーペットを見てメルダンが教えてくれたことも本当なのだなと思った。日曜バザールで売られていた数多くの目の覚めるような深紅の絨毯はいまだ忘れられない情景だ。

 

※現在開いているアシュガバート近くの国境は当時は外国人通行不可のため、バスで6時間かけてサラフスという町まで来なければならなかった。ただマシュハドへはこちらの国境からの方が距離は短かい。

 

 

マシュハドは聖地ということだが僕にはなんだかテーマパークのようにみえた。イマームレザー廟は夜遅くまで人足が絶えない。でも巡礼者というよりごく普通の観光客ばかりのように見えた。シリアスというよりはリラックスしている人が多い印象である。外国人は自由に歩き回ることも歓迎されないし写真撮影もできないのだが、明りもこうこうと照らされていてどこも金ピカだし、何か俗だなと感じた。

その最初のインスピレーションは間違っていなかった。翌日スークにホメイニグッズを物色しに行ったがそういった宗教臭い物に既に人気が無いことはすぐに判った。なんていったって、もう、デイヴィッド・ベッカムレオナルド・ディカプリオばかりなのである!(ここだけでなく当時はイラン中がそうだった)なんだ、人間なんて何処に行っても同じなのだ。宗教により生活様式は厳格に縛られていても、内部特に人間の嗜好なぞ変わらないのだ。フットボールに映画のスターか。アジアの女子はどこも金髪サラサラヘアの若い白人男性に眼が無いのである。ベールに包まれたイランという国が一気に身近に感じられるようになった瞬間だった。

街中にはアラビア文字ばかりで何がなんだか分からなくなることもあるが、基本的な社会システムは意外と近代的で我々の理解の範疇にある(その反対の国も多いことをいずれ知ることになる)。そのうえ、なんといっても人々が親切※だった。

 

※これについては旅行した時期によって見解が異なるのは事実のようである。以前は本当に親切な人ばかりだったそうだ。僕らの頃は大人は親切だがガキが生意気だったという共通の印象がある。それ以降になると外国人旅行者に対して不遜な態度をとる若者が多いとみな口を揃えていた。僕らが会った当時のガキがそのまま成長したと考えれば辻褄が合う。でも基本的には親切な人の多い国ではあるのだが。

 

 

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 「世界の半分」は確かに息を呑む美しさだった。ペルセポリスも往時の繁栄を十分に感じることのできる遺跡だ。

 

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バムの遺跡が地震で崩壊したとニュースを聞いて以来その後が気になっていた。先日TVで修復が進んだ現地の映像を見ることができて一安心。でも当時からオーバーレストアードという評判だったのだが、修復は進み相も変わらず綺麗な遺跡に見えた。魅力はあるが、それ程までの事をする意味のある場所とは思えないのだが…

 

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ぷらぷら歩くにはヤズドの旧市街が一番楽しかった。

ちょうどアーシュラーの祝日で多くの人が目抜き通りを練り歩いていた。行進の中央では黒い服を着た人が鞭で体を痛めつける仕草をしながら歩いていた。街角では炊き出しが行なわれ道行く人に食事が振舞われていた。大きな鳥籠ような物もこの時期に街に引き出して歩く。

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特徴あるウィンドタワーはバードギルと呼ばれ幾つかの形が見受けられる。暑い時期に風を塔下部の室内に取り込み日中の暑さを和らげる装置。土壁に囲まれた細い路地やカバードバザール。町外れには拝火教寺院や沈黙の塔がある。

 

 

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テヘラン ”DOWN WITH USA!” 旧アメリカ大使館外壁 まだ今でも残っているのかな…