もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。最近はすっかり懐古モードでひたすらノスタルジーに浸っています。

’04南米 その2 試合開始早々  

 

この旅はとある理由wにより帰国日が決まっていたので、出発前に往復航空券を購入しました。キトin、サンパウロout、ヒューストン経由の今は亡きコンチネンタル航空のチケットです。日本を出発してちょうど24時間後にエクアドルのキトに着きました。夜遅かったため街中へはタクシーを利用しましたが、南米最初の夜ということで緊張しました。

南米、いろいろ言われているけど大きな街はそれほど心配することはないんじゃないの、というのが出発前の感覚でしたが、現地で生々しい情報を知るにつれ終いには笑い事なんかではなく、自分の身に起きた時の事を想像すればぞっとするほどでした。とはいえ、必要な注意を払い行動すれば特に問題無く旅行できるでしょう。ただし、運次第です!(爆) 運が悪いと大事になりますが、問題はその確率や程度が他の地域の10倍くらいは高く酷いのではないかということです(あくまで個人的印象です・爆)。ひったくりやかっぱらい、詐欺まがいの騙しに更には強盗やバスジャックまで、各地の日本人宿に置いてあった情報ノートには被害者が殊の外細かく時には可笑しく書き残してあり、まだ日の浅い旅行者はそれを読み皆憂鬱になってました。この時もペルーでは確かプーノで日本人カップルの旅行者が当時のトレンド「首絞め強盗」にあったばかりで、日本人が経営する宿には大使館からの注意喚起の書類コピーが貼紙してありましたな。

でも何故こんな話題を始めにするかといえば、そうですよ、僕も軽く一撃されたからです。

 

 

 キトin→グアヤキル→リマ→ナスカ→リマ→クスコ→

上記が旅の初めのルートです。何故リマに戻ったかというのが、実はこの旅の序盤のポイントです! そしてあまり写真が残っていません。そうです、またカメラ他盗まれちゃったんですねー(爆) もう笑わないでください。馬鹿といわれても仕方ないです。以前のカトマンズに続いて2回目ですからねえ。学習能力が無いというか緊張感が無いというか、何言われても言い返す言葉はありません。

でも言っておきましょう。この後数十か国を訪れることになりますが、盗難にあったことは一度もありません。これが最後でした。ただこの前には… なんかありましたな、首筋に冷たい金属片とか(爆、その話は何時の日か)。

 

事が起きたのはリマ→ナスカ間のバスの中です。これでも一応注意を払って手持ちの荷物は普段と変えてコンパクトにまとめ変えたんですよ。でもそれを膝の間というか下に置いて30分くらい眠ってしまったんですね、魔が差したのでしょう、残念ながら。お腹の上で抱えていれば眠っていても大丈夫だったのかもしれませんが、結局デジカメとトラベラーズチェック全額抜き取られてしまいました。狭い車内でどうやって盗られたのだろうと考えても戻ってくることはありません。善後策に気持ちを切り替えるしかありません。

リスク込みの旅、それが南米の旅。トラブルに遭遇した際は気持ちの切替が第一、やるべき事柄は手際よく漏れ無く済ます。後まで引きずると楽しい旅も楽しめません。

でも、ああもう限りなく SHOCK! SHOCK! SHOCK! この時はもう一人の日本人旅行者とクスコまで一緒に行く予定でしたが、翌日地上絵を見学した後に別れ、僕は夜行バスでリマに戻りました。まずしなければならないことはアメリカンエキスプレスのトラベラーズチェックの再発行です。南米からのせいか電話が途中で切れたり最初は面倒が続く。宿沖縄に再び戻りコレクトコール。2回目の電話で日本人の担当者と話すことができ、FAXのやりとりを済ませたら(確か・この辺記憶が曖昧、日記もれ)、2日後にミラフローレスのオフィスで全額再発行されたんですよ。貰ったその場で一枚一枚にサインを書き込みながら、本当に安堵の溜め息をつきましたね。カメラは2台持ちなので何とでもなりますが、金が無ければ旅行は続けられませんから。T/Cも今日ではその役割を終えアメックスも新規の発行を終了しましたが、これは忘れられない思い出です。

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サンフランシスコ教会と広場

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安宿スクレの部屋より 教会の隣なので夜中に鐘の音で目覚める


キトでは旧市街の散策と赤道博物館に行きました。こじんまりとして奇麗な所ですが、印象に残っている事といえば、通りで若者が口論の末老人を殴り倒し財布を奪い去っていったことと、背が2m位あるエホバの証人の黒人宣教師がバスターミナルで勧誘をしていた事です。今となっては碌でもないことばかり憶えています。体調が優れずに昼寝ばかりしていたのは初め時差ボケを疑っていましたが、ふと軽い高山病ではないかと気付き低地のグアヤキルに降りた途端に全快しました。山道を熱帯低地まで一気に駆け下りるとバスの車内でも湿気が増えたことを実感しました。外は一面のバナナ畑と「Dole」の看板。

グアヤキルガラパゴス諸島へ行く人が経由する大きな街で、特に観光地というわけでもなく治安も良くなかったのですぐに抜けました。しばらく忘れていましたが数年前に日本人の新婚夫婦強盗殺人事件が発生した折に思い出しました。またそんな話題か… 有名なイグアナ公園だけは忘れずに訪れました。

 

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彼らはベジタリアンでしょうか
 

 

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ナスカの地上絵は文句無しにすばらしい。これは有史上の世界の七不思議の一つに確実に数えられますね。でも盗難翌日で気分的には60%くらいしか楽しめていなかったのかもしれない。パイロットはマイケル・ジャクソン似だったが腕は良かったです。「アミーゴ!、レフトサイド!、マンキー!!」 思ってたより小さくしか見えないので途中からそれ程乗り気で無くなった。写真の方が印象強いが、こういうものは実際にその場で見ることが大事なのだ、と自分にいいきかせる。

 

 

リマの警察署では盗難証明書を作成してもらいました。スペイン語でのやりとりなので苦労するかと思いましたが、とても手際良く(機械的に)対処してもらったので楽でした。多分、年がら年中このような申請者が多いせいでしょう、絶対。同じ時に来ていたスイス人旅行者はネットカフェで夢中になっている間に財布を盗られたそうで、いきなり「わたしはバカなおとこです」と日本語で話しかけてきました。以前日本に住んでいたそうですが、残念ながら話が弾みませんでした。仕方ない、会う場所が悪かったです。

NikonのFEを持ってはいたけど、やはり小型のデジカメは便利なので、リマのミニ・ヨドバシカメラともいえるようなHIRAOKAという電器店パナソニックコンデジを買い直しました。レンズにあるLAICAの5文字に魅かれたのですが、今思えば動画に音声が無い物を選んだのは失敗でした。当時は動画なんて重視してませんでした。此処は名前からして日系、店の歌も店内に流れています。接客も非常に丁寧でおまけにアルミ製名刺入れを貰いましたが、おまけは創業時からの習慣だそうです。日本らしいですね。程なくして知りましたがこの店の創業者、平岡千代照氏はペルー移民の成功者で日秘文化会館の入口には氏の胸像があったと記憶しています。

 

 

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南米の近代は征服者等の既存の文化に対する野蛮な上塗りの試みから始まったようなものですが、、、、 コロニアル様式の建物や街並みは何処でも美しいと感じることを禁じ得ません。それは正直な感想でした。

 

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