もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。最近はすっかり懐古モードでひたすらノスタルジーに浸っています。

'04南米 その6 山から下りる

 

 

サンタクルス(正確には Santa Cruz de la Sierra)にやってきた。久しぶりに山から下りた気がした。それも極端なことに乾燥して肌寒い高地から蒸れた熱帯の低地へ。空気が濃い。生暖かい風が常にゆるゆると吹いている。陽差しも明るく気分が開放的になれる。此処で感じる気持ち良さは、タイあたりでだらだらと過ごす時の雰囲気に似ている。こういうところではのんびりと寛ぐにかぎる。

居心地の良い中庭のある安宿に滞在できたことも良い思い出だ。ブラジルスタイルの朝食がついているのも嬉しかった。後に知るのだがブラジルでは安宿でもいっぱしの朝食がついてくる。たいていは果物が食べ放題だったりする。ここでも生ジュースやトロピカルフルーツで毎朝腹いっぱいになるので、食後すぐに急いで街歩きなどする気になれなかった。

 

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街歩きが楽しいところだった。ポルティコ?がずーっと張り巡らされている。まあイタリア(特にボローニャ)の様に美しいものではないが、充分に旅人の目を惹くものだ。これには理由があるのだ。何故かというと、熱帯特有の…

 

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気が付くと天気が急転してこんな状態になってしまうのだ。美的な理由でなく必然の産物。まあスコールだけでなく日除けの為でもあるだろう。特に中心の古い町には張り巡らされているおかげで、そんな時でも自由に往来ができる。便利だ。僕も雨の中10分くらい、結局傘を拡げることなく宿から映画館までたどり着くことができた。その時上映していた映画はこれ。

 

youtu.be

 

『モーターサイクル・ダイアリー』 若きチェ・ゲバラが友人と南米を旅した日記が原作だが、政治的な色は薄く爽やかな青春映画になっていた。おかげで当初結構論議が起きた記憶があるが、劇場で観ている限りではこれはこれで面白かった。というか、このタイミングでこの場所でこの映画を観ることができた幸運に何か強いものを感じてしまったね、当時は。たった2ドルで。  

帰国後にDVDを購入し今でも時々見ます。自然の美しさには息を呑みます。そういう観方もできる映画です。南米は美しいですよ、まったく。やっぱり半年くらいはかけて回りたかったな。特に南の方。

 

 

今迄のアンデス高地とは大分違う雰囲気ですが、これからこういう所が続くのだろうなと思うとまた期待が持てるというものです。気候が良い。住人に白人の割合が増えていた。さらに食事! 山の上の町々では食事を安く済ませたければたいてい「1/4チキン(UNO CUATRO POLLO、店先でクルクルまわっている奴)」に収束していたが、此処では探せば牛肉という選択肢もある。市場は相変わらず混沌としているが、屋台で焼いている香ばしいニオイの中には明らかに鶏ではないものがあった。さらに、ジュース屋も多く、アイスクリームの美味しい店もある!治安も良い方で、街の中央にある公園では夜遅くまで人の姿が途切れない。気温も高いので人々が屋外で過ごす時間が長くなるのも頷ける。彼等に混じって僕も夜11時までベンチで本を読んでいたと当時の日記に書いてあり、そういえばそうだったなと懐かしく思い起こされた。

 

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こんな奇麗な鳥トゥーカンがフラッと宿の中庭にやってくるのも熱帯ならでは

 

暖かい気候で気分が良くなり次はブラジルへ行くことに決めた。国境近くの町プエルトスアレスに領事館がありビザを発給しているので、まずはその町を目指すことになる。

今回の移動は夜行列車。買った切符は「スーパープルマン」クラスなのでどんな車両か期待したが、なんのことはないリクライニングシートのあるオープンタイプの車両。車内はくたびれているうえに多くの座席のリクライニングは壊れているときた。最初は何だかなあと思ったがヘタったシートの角度が実はちょうど良くて苦笑い。

しかし異常に揺れる列車だった。バスみたいに上下するのだ。慣れるまでは脱線するのではないかとヒヤヒヤしていたが誰も気にしていないのでそんなものなのだろう。その分スピードは遅かったが。(その後エチオピアジブチ間の酷い列車を体験するまではこの区間が自分旅史上最下位だった。)おまけに夜遅くまで子供の売り子がひっきりなしにやってくるので中々眠れない。”リモネー、フリアー、リモネー!” 虫もガンガン入ってくるが幸運にも蚊はいなかった。でも、まあそんなものだとの諦念を持つことができたのは、旅に関してはそこそこベテランの域に達していたからかな?

 

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一見きれいに見えるが中はきたない。やっぱりボリビアだもん…

 

 

プエルトスアレスには朝早くに着いたが、列車の乗客はほとんどがここで下車し駅前に停まっていたバスに乗り込み去っていった。近くにある湖は行楽地らしいが町自体は小さく静かだ。そんなところにある領事館で対応してくれた陽気な副領事は、退屈していたとみえてビザ発給の手続の間僕を珍客扱いし質問攻めにした(笑)。何でも職員としてアジアすべての国に赴任したらしい。日本も印象深かったらしく片言の日本語で話しかける。今でも憶えていることといえば、どうやらコタツにご執心のようで、日本に帰ったらコタツのあるインターネットカフェを経営しろ、外国人が集まるから儲かるぞとしつこく勧めること。半分冗談だろうが退屈しなくて助かった。無事ビザの貼られたパスポートを手渡されこの後どうするのかと尋ねられたので、宿を探そうかなと言いかけたところ、この町には何もないから早くブラジルに行け!、Have a fun! と僕の答を待たずにその場で電話を掛け国境までのタクシーを呼んでしまった。本当は列車であまり眠れなかったから一眠りしたかったんだけどな、まあいいか。流れに逆らうことなかれ。行方も知らぬ根無し草の旅はそうやって続きます。

 

 

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プエルトキハロの国境を歩いて渡る ついにブラジ~ル♪