もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。最近はすっかり懐古モードです。

'05旅 その16 砂漠の摩天楼 イエメン2

イエメン2 Sep. 2005

サナア→サユーン、シバーム→アルムカッラ→サナア←→ロックパレス

 

 

もうだいぶ昔の事になるがNHKの紀行番組で、アラビア半島奥地の砂漠の真ん中にぽつんと存在する町の、高層住宅がびっしりと建ち並ぶ姿を紹介していた。確か「砂漠の摩天楼」という表現が使われ番組のタイトルにもなっていたと思う。まったく変わった町だなあという印象が持ったが、それが忘れ去ること無くずっと記憶の奥底に残っていた。イエメンに行くことを決め訪問地を調べているうちに、その砂漠の摩天楼がシバームという町であることを知った時の興奮と言ったらない。自分がそのまさかあの場所に行くなんて当時は夢にも思ってはいなかった。実はこのような経験は幾つかあり、中国貴州の鐘楼を持つ侗族集落もNHK教育テレビだし、九塞溝もそもそもは深夜のBSハイビジョン試験放送の映像に息を呑んだ所だった。

 

f:id:pelmeni:20200412021727j:plain例の2日後の朝の便には間違いなく乗せてもらうことができた。大型の新しいバスは砂漠の一本道をひた走る。舗装は新しくバスの乗心地も快適だったが、この数年前までは石畳の道だったのでサユーンまでは4WDで23時間!も掛かったということを聞いた。今はそれでも10時間。


f:id:pelmeni:20200412021021j:plain宿から眺めるサユーンの町 ワジによる巨大な浸食谷の中にある 左は王宮

  

 

 

 

車がカーブを切り、パッとその姿を現した時はどきっとした。

-----ついに来ちゃったな

特異な町の構造と、地の果てのような(印象です)イエメンの辺鄙な砂漠の中というロケーションが印象的。それ故にTVでみた時以来忘れられないでいた。あのうろ憶えな映像が実際に目の前にある。まずは感慨深い対面となった。

シバームは古代(紀元前8世紀ー3世紀)にこの地域に存在したハドラマウト王国の首都として栄えた。町自体は以後2000年もの間続いているが、この泥煉瓦でできた高層住宅建築はほとんどが16世紀以降に建てられたもの。洪水と遊牧民の襲来から身を守るためこのような形態をとるに至った。この場所で洪水というのも俄には信じられないが、2008年の豪雨では被害が出るほどだったようだ。

 

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 上を見上げたままなので首が痛い 見上げないわけにもいかない

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ただ自分がそんな場所にいることがやはり不思議に感じたかといえば、そうでもなかった。歩き回っている間じゅう考えていた。事前の想像とは少し離れ、町の体裁をなしている。ここも普通の人々によって普通の生活が営まれている普通の町であることに違いはなかった。手を伸ばせば生活している人々の日常に触れ合うことができる。余程の場所でない限り、我々が行き着くことのできるような場所は、何も特別な場所ではない。旅を重ねると、人間のあらゆる差異なんて実際は大したことではなく恐れる必要もないことがわかる。雑多な体験を経た後にたどり着いたその事実の単純さには思わず苦笑いだが静かな重みも感じた。真理とはそういうものなのかもしれない。旅とは人間が普遍的な存在であることの確認作業でもあると思う。

 

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f:id:pelmeni:20200418003342j:plainf:id:pelmeni:20200418003745j:plain何か?

 

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枯れ川をはさんで反対側の町から眺める。これが全体像。砂漠の摩天楼とは言い得て妙だ。今だったら是非ドローンを使って上空から撮影したい光景。

 

帰路に同じ経路を使うと安くあがるが自分の主義に反するので別のルートを探す。本来ならムカッラからアデン方面に向かい南部を訪れたいのだが、その長距離のバスには乗車できないようだった。一度飛行機でサナアに戻ることにしたが、飛行時間自体は短いので、ムカッラまで移動した後午後遅い便で飛ぶことに決めた。

サユーンからムカッラまでは乗合で移動。しばらく巨大なワジの谷を進み、やがて賽の河原のような荒涼とした風景の中を走る。人が住むことのできない乾いた大地が続いた後、道路はつづら折りとなり視界の開けた崖を駆け下りる。ダイナミックな地形の変化に息を呑む。でも写真は無い。雰囲気は後年鉄道で通ったジブチの奥地に似ている。まあこの風景を見ることができただけでも、狭い車に詰め込まれ我慢したかいがあったというものだ。(当時の感想・今はもう憶えていない)

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途中の沿道の町。ワジには雨季に水が流れるため緑があり人が住むことはできる。地下水脈もあるのかもしれない。切り立った崖に挟まれた大きな谷のよう。

 

アルムカッラの町は普通の町。あまり時間に余裕が無かったので、ざっと歩いた後タクシーをひろって空港へ急いだ。イエメニア航空の国内便は自由席のせいか乗客は騒がしい。以前に乗ったアリタリア航空のイタリア人の子供ほどではないが、いい歳した若者が… 50分でサナアに到着。3日ぶりでは何かが変わっているわけでもなし。

 

 

サナアに戻り、これまた特徴的なロケーションで有名なダール・アルハジャール(ロックパレス)を訪れる。ワディダハールという町はサナアから14㎞しか離れていないので半日のデイトリップ。

 

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大きな岩の塊の上に鎮座するイエメン建築様式の宮殿。ここはイマームの建てた夏の離宮。元々は1786年頃に建てられ1930年代に現在のかたちに増築された。マッシブなボリュームの幾何学的構成とそのうえに施されたかわいらしくもある漆喰の装飾の対比。室内の装飾や色ガラスの使い方も独特で美しい。建物自体はこじんまりとしているが、5層で17室もあるとのことです。

 

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宮殿から眺めたワディダハルの町 切り立った岩山の表情が厳しいが意外と緑も多そう