もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。最近はすっかり懐古モードでひたすらノスタルジーに浸っています。

'05旅 その16 イエメン3

アラブ5>イエメン3 Sep.-Oct. 2005

サナア→タイズ→アデン→サナア←→シバーム&コーカバン

 

 

 

『アデンはおそろしい岩地です。草は一本もなく、良い水は一滴も出ません。蒸溜した海水を飲むのです。暑さは桁はずれで、・・・』 (家族宛の手紙)

詩を捨て当地で交易に従事していたランボーが一滴の水も無いといったアデン。諸々ずいぶんな言い様ではないか、これは是非とも行かなくてはならない、と当時考えたかどうかは今となっては定かではないが、妙な期待と共に訪れた実際のアデンは… 一言、

 -----蒸し暑かった

ゆるゆると漂う湿気の多い空気は他のイエメンとは異なるものだった。暑さの中のむせかえるような人いきれも此処の所無かったものだ。町中にわずかに漂う饐えた臭いは、熱帯の町特有のものだろう。熟れ過ぎた果物、捨てられた野菜、腐ってゆく生ものが露わに晒されている。暑い所ではどうしても隠すことのできない自然のプロセス。何となく雑然として投げ遣りな雰囲気も港町らしい。

 

※そこでもうひとつの感想

 -----まるでインドだな!

 

個人的には暑い所はあまり好きではない。大抵、たまっている疲労が表出し行動力が鈍ることになる。ここでも途中で歩き回るのが嫌になった。のんびり落ち着くことのできるカフェなどがあるわけでもなし。何処に行っても暑さから逃れることができないというのは、長く滞在すれば慣れるのだろうけど初めは気が萎える。如何ともし難い。

アデンという名前を聞けば、当時は二人の文学者のことが思い浮かんだ。両者ともフランスの詩人。ランボーの他、もう一人はそのタイトルずばり「アデン・アラビア」の作者ポール・ニザン。多分著者が記したのと同年代の頃読んだはずだが、性急で思い上がりの激しい文章についていくことはできなかった。すっかり忘れていたので改めて読み返してみた。今はそれほどでもないが、やはりあまり受け入れられるものでもないと思った。 

それとは別に、ランボー、海と来れば、連想されるものは有名な映画の一場面。ベルモンド&カリーナとゴダール気狂いピエロ。「地獄の季節」の一節が引用されたあまりにも有名なラストシーンの印象が強い。静かな海を見下ろす崖地だった故、アデンのイメージが勝手に結びついた。しかしここは地中海ではなくアラビア海。もちろん分かっていたがアデンはあんなにドラマチックな場所ではない。共通することは遮るもの無く降り注ぐ陽差しくらいかな。でもその場に立てば眼前の現実に嫌でも惹き寄せられる。

 

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f:id:pelmeni:20200517011015j:plainかつて大英帝国領だったので、教会も時計塔も一応ある


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タワヒ地区にはコロニアルっぽい古い建物も多いが、少し寂れて静かな雰囲気だった

 

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日本のODAによる新しいゴミ収集車 運転手はカートを噛みながら何それっ?て感じ

 

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『Rimbaud Tourist Hotel』 実際のところ、アデンでの最大の目的はこの宿に泊まることでした。ここはランボーが当時雇われていたバルデー商会の建物です。かつては近くまで海が迫っていたそうですが現在は大分先。このつい先年までフランス政府がフランスアラブ文化協会として所有していたそうで、返却後にホテルとなりました。共用部に昔の雰囲気が残っていたものの、泊まった客室は広い部屋を雑然と区切っただけで、前時代的な音をたてるエアコンを動かさなければ暑くて休むこともできないところでした。話のネタに泊まるような所でしたが、そのよう謂れの場所ですから見逃すわけにもいきません。多少は昔に思いを馳せることができました。(その後少し綺麗に改装され営業が続き、現在はもう無いみたいですが情報が入ってこない地域なのでよくわかりません。)

 

 

  *

アデンにはサナアからタイズ経由で向かった。タイズには一泊して一通り歩いたが街自体は普通でそれほど特徴はないと当時の日記に書いてある。夕食に食べた白身魚の炭火焼が美味しかったことしか書き留めてない。何となく記憶にあるがもう忘却の彼方に去りつつある場所だ。途中のサナア~タイズ間の風景は素晴らしかった。イエメンの山岳地帯はどこも力強い印象を受けるが、乾燥しているので緑で深く包み込まれるような感じはない。ただ薄くてもやはり緑、ここがアラブであることを忘れさせてくれるような安らぎは少しだが感じられた。

帰路では乗っていたバスが道路を歩いていたロバの群れを撥ねてしまった。倒れた3匹は可哀そうに助かりそうもなかった。やがて村の人に続き長老らしき人物が現れ運転手等と交渉を始め、1匹あたり20,000イエメンリヤル(約100米ドル)の補償で話がついたらしい。1時間かかった。以上は英語を話す近くの席の客が教えてくれた。時々起きる事だという。

食事休憩で停まった町では何と自警団に遭遇した。カラシニコフという機関銃を持った民間人が町中で警備をしているのだ。昼食をとった食堂の前にも銃を肩から下げた2人が立っていたので、話をした後にカラシニコフを持たせてもらった(もちろんそれが目的!)。銃口を上げるわけにもいかず鈍い重さに腕が引き下げられる感覚だった。写真を撮ってもらえばよかったが、そこまで気が回らなかった。残念。本物の銃なんて手にしたのは今まで生きてきてこれっきりだ。

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 * 

三たび戻ったサナアからのデイトリップはシバーム&コウカバンへ。この二つの町は崖の上と下に分かれた兄弟の町の様にみえる。上の町は想像した通り敵の襲来から逃れて籠る砦のような存在でもあると教えてもらった。

f:id:pelmeni:20200419162330j:plain下の町シバーム(砂漠の摩天楼とは同名だが別)は普通の田舎町。スークに多くの人が集まり賑わっていた。コウカバンへは背後の崖を1時間近くかけて登らなければならなかった。乾燥しているが陽射しが強く、犬も猫も日陰でお休み。

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 * 

アラブでは日中は非常に暑いため、たいていの場所では陽が落ちるあたりから街に人が出始める。サナアは標高が高いせいでそれほど暑くはないのだが、暗くなった後もスークは賑わっている。おかげで夜の散策も楽しかった。総じてイスラムの大きな街は夜でも家族連れが多く安全なところだ。

 

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気に入ったチャイハナがあって宿への帰りがけによく立ち寄った。サナアには他のイスラムの街同様に野良猫が多く、その店にも何匹か常に出入りしていた。この子は最高にかわいかったが、そういう猫に限って人馴れしているわけではなく、不用意に手を出すと猫パンチがとんできた。簡単に気を許さないところがまた猫らしくて良い。隣にある鉄の棒で組まれた物は、チャイグラスを丸穴に上から差して出前に持ち出す器具。T型の部分を上からつかむ。実際に使っているのを見て、なるほどと思った。

 

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一日歩き回り疲れた足を引きずり旧市街の宿に帰る。静かな夜の街をゆっくり歩いていると、高ぶった気分が徐々に落ち着いてゆくのがわかる。この時間が好きだ。乏しい灯は余計な物まで照らすことなく光と影による意匠のみを描き出す。オレンジ色の光の下ではあらゆる物が情緒的に見える。饒舌な昼間の顔とは異なり、夜の街は陰影に富み静かで落ち着いた世界を垣間見せてくれる。魅力的だ。