もう少しだけ旅させて

旅日記、のようなもの(2012-16) 基本一人旅 旅に出てから日本語を使わないので、忘れないように。ほとんど本人の備忘録になりつつあります。情報は旅行時のものです。最近はすっかり懐古モードでひたすらノスタルジーに浸っています。

ハリドワール


途中信じられない渋滞に巻き込まれ、8時間もかけてパブリックバスでチャンディガルからたどりついた。(余談ですがチャンディガルSec.17 ISBTにある時刻表どおりにhdw行きのバスは出発しません)さらに町外れのBTからサイクルリキシャーで駅前まで来てようやくホテルに投宿。すると受付の親父が「あと15分でフェスティバルが始まる。行くか」と教えてくれたので、水シャワーで汗だけ落とし、町へ出る。

教えてもらったとおり道を進んで行くと、行く人も帰ってくる人もすごい量。ちょっと遅かった気がしたが、ハリキパイリーにはとても多くの人が集まっていた。沐浴するひと、巡礼に来たひと、そして多くの観光客。薄暗いガートはそれだけでもなんだか興奮する光景だった。



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翌日、明るいうちから行ってみようと夕方近くになってぶらぶら歩き始めた。裏通りはバラナシのような細い道が続き聖地らしい雰囲気。日没にはまだ時間があったので手前のほうの川辺りに座って流れ行くガンガー(正確にはガンガー脇の水路)をしばらく眺めていた。思っていたより流れは速く、ここら辺はゆったりとした流れではない。多くの普通のインド人観光客も同じように腰を下ろしていた。太陽が町の建物の向こうに落ちた頃、再びハリキパイリーに足を運んだ。


ガートの対岸に着くとちょうどセレモニーが始まったようで歌が流れていた。皆で手を挙げ何かを唱和する。そして鐘が鳴らされ新たに音楽が流れ、火を灯された松明を回し始めた。ここからが本編なのだろうか。蝋燭を点けた葉っぱの籠を水に流す人も増え始めた。あたりはいつの間にか暗くなっている。ガートの松明が増え多くの火がぐるぐる回っている。そして、この場とこの場にいる人々を含めた時空の強力な一体感に飲み込まれ、自我を失いかけている自分がいた。以前バラナシのガンガーでみたプージャのトランス感覚とはまた違った感覚である。


蝋燭を点けた葉っぱの籠を眺めながら、頭の中では何となく長崎の精霊流しと比べていた。故人を偲び灯りを川に流し、その流れ行く多くの灯りみつめるなんて、日本的情緒、風流の極致だろう。それに対してこちらガンガーの流れは速く、よくみると葉っぱの籠は10mも流れないうちに波にのまれたり灯りが消えてしまったりするものが多い。それでも人々は灯りを流す。なんだか厳しいインドの生活を象徴しているような気がして心がしんみりしてきた。
でもそんな比較はインドの人には無関係なこと。彼らは自分達の信仰に従い事を行っているだけであることに気づき(それは日本人も同じ)、雰囲気に呑まれ少しナイーブな部分が出てしまった自分が気恥ずかしくなり、その場を去った。



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ただこれだけでは終わらない。多少高揚した気分で町へ戻ってきてぶらぶらしていると、大音量とともに山車や楽隊や拡声器を多数積んだ車やらがメインロードを練り歩いてきた。僕はデジカメをmovieモードで回しひたすら見入っていた。



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